【特別対談:写真家・池田晶紀×SWITCH編集長・新井敏記】第3回 SAUNA!!
第3回 SAUNA!!
池田 僕もサウナはおじさんばかりのむさ苦しい場所というイメージがありました。けれどもそれは、サウナという文化がフィンランドから正しく輸入されていなかったことに大きな要因があります。そもそも日本において、サウナ文化が一般的に広まったのは東京オリンピックの頃。選手村にフィンランドから導入されたサウナがブームのきっかけと言われています。日本人はエンターテイメントが大好きなので、サウナの中にテレビを設置したり、サウナを出ればすぐに食事も楽しめたりというように、家族で楽しめるエンターテイメント施設としてサウナを取り入れました。ただ、それはサウナの本場、フィンランドから見ると異色の文化なんです。つまり、間違った取り入れ方をしたものに、独自の改良を重ねていったことで、まったく別の文化を作り上げてしまったわけですね。
新井 なるほど。
池田 サウナ本来のルーツを調べてみると、フィンランドでは出産をするような「聖地」なんです。晴天の日が比較的少ない気候の中で、現地の人々が求めていたのが「太陽」。その象徴としての「熱」を人工的に作り出し、たくさんの汗をかいて、外の涼しい風や湖に飛び込み身体を冷やす。こうした“熱い”と“冷たい”を交代して入るお風呂の入り方を「温冷交代浴」といいます。この入浴法を反復することで“禊(みそぎ)”に近い、脳がトランスした状態へと変化するんです。この状態が精神を整える。
新井 先ほど、東京オリンピックがブームのきっかけになったとおっしゃいました。では、日本のサウナのルーツとは?
池田 「風呂」という言葉の漢字には「風」と「呂」の字があてられています。つまり、日本においての風呂のルーツとは“蒸し風呂”の文化なんです。現代において風呂といえば浴槽をイメージすることが多いですが、浴槽で湯に浸かるスタイルが一般大衆化したのは、釜が庶民にも広まった江戸時代以降。それまでは蒸し風呂が一般的でした。
新井 当時は大名クラスの人間しか、湯に浸かるスタイルでの風呂は入れなかったそうですね。
池田 蒸し風呂に入り、邪気が落ちたな感じたら榊(さかき)のようなもので、汗をはらう。実はそれと非常によく似た文化がサウナの本場、フィンランドにもあって。この日本とフィンランドという2つの国に共通しているのが「水と森の国」ということ。
新井 自然と近しい環境で身体を癒す蒸し風呂スタイルを育む土壌として、水や植物が豊かであることはとても重要だった。
池田 さらに日本の蒸し風呂文化の原点をさかのぼると、「生け花」に辿り着くんです。国内最古の華道は池坊(いけのぼう)と言われていますが、これはお坊さんが外にある自然を部屋の中に取り込むことで、実際の森や林以上に自然を感じることが出来るという表現を生み出したことに起因します。
新井 自然を取り込むことで、実際の自然以上のものを表現する感覚は、池田さんの水草水槽と通ずるものがありますね。
池田 茶道で著名な千利休は茶室以外にも、蒸し風呂を作っていた。赤瀬河源平さんが脚本を書き、華道家・勅使河原蒼風の孫の勅使河原宏さんが監督した映画で、1989年にモントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した『利久』という映画があります。その映画のワンシーンで、利久が切腹に行く前日に現代風に言うサウナ室に入るシーンがあるんですよ。つまりサウナには“生まれ変わる”“再生する”という意味がフィンランドだけでなく、日本にも作法としてあったんですね。
新井 そのサウナ室というのは室(むろ)みたいなものなのですか。
池田 室みたいなものです。この室で再生をするというのが面白いなと思っていまして。戦後の日本では銭湯の数が急増したといいます。それは戦争で焼け野原となって、ひもじい思いをしている人々の癒しの場として、だれもが裸で集まってコミュニケーションを取れる場所が求められたのではないかなと。
新井 せめてもの極楽を体験したいというような。
池田 そうです。だから、風呂はどこか死生観が強い場所でもあるんです。そこにとても惹かれまして。サウナに入っていると、今まで遠く感じていた自然の要素が、自身の自然体験としてリアルに感じて取れる。その感覚は五感の回復にもつながります。目がよく見えるようになったり、耳がよく聞こえるようになったり。感覚で感じ取るという状態になると、脳みそで考えなくなります。そうすると、不思議とアイデアがたくさん湧いてくるんです。普段よくモノを考えることが多いのですが、この「考えない時間を作る」というのはみなさんにもぜひおすすめしたい。だから僕はサウナを広める活動を始めたんです。
会場に展示されたカメラを模した人力移動可能なサウナ「CAMERA」(池田さん考案)
最終回 境界を行き来する“中距離写真家”
第2回 写真家と父
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