レベッカ・ブラウン×柴田元幸 トークイベントレポート

9月9日、『体の贈り物』『若かった日々』『家庭の医学』などで知られるアメリカの作家、レベッカ・ブラウンさんが来日し、『MONKEY』の責任編集を務める柴田元幸さんとトークイベントを行いました。ここではその模様をご紹介します。

■15人の肖像から生まれた物語

「日本に久しぶりに来たことで、かつて日本に来た時の経験や、『かつらの合っていない女』を作った時のことを思い出し、自身のメモリー・レーンを辿っているかのような心境です。そして今また日本の地にいるということがどこか不思議な気持ちです」

4度目の来日となるレベッカさんの挨拶からはじまった今回のトークイベントは、2005年にアメリカで刊行され、日本では今年9月11日に刊行された、レベッカさんと画家のナンシー・キーファーさんの共作『かつらの合っていない女』(思潮社/柴田元幸訳)の話を中心に展開されました。

「今回の作品は先にナンシーの絵があり、そこから私がインスピレーションを受けて物語を紡いでいきました。つまり、キャラクターはすでに描かれているため、ゼロから私が作り出す必要はなかったのです」

もともと友人だったというレベッカさんとナンシーさん。15の短篇を収めた同書は、以前ナンシーさんの個展を訪れたレベッカさんが、ナンシーさんの描いた15人の肖像にストーリーをつけたいと言ったことからはじまりました。

「作品を書いてから知ったことですが、実はナンシーは絵を描いたときに、すべての絵にタイトルをつけていたのです。けれども彼女はそのタイトルを私に伝えなかった。それゆえ、私は非常に自由に書かせてもらいました。もちろん、私がつけたタイトルと彼女がつけたタイトルが完全に一致することはありません。けれども内容について言えば、彼女が絵に込めた思いと、私が絵から汲み取ったストーリーが一致するものがいくつかありました」

■作品作りの根底に渦巻く“暗さ”

ナンシーさんの絵を咀嚼し、文章を紡ぎ出す。ある種の“翻訳”とも呼べるその作業工程を経た物語を、柴田さんは同書の帯で「いつまでも抜け出せなくなるような呪縛力のある一冊」と評します。

「そもそも、私の書く文章というものは、個人的でロマンティックな特徴があると認識しています。そのロマンティックとは愛という概念ではなく、超越的な存在とのつながりや対比を通して自分を考えるという意味合いです。この本に限ったことではありませんが、そのロマンティックさにはどこか内面的な暗さというものが伴っていて、『かつらの合っていない女』ではそこに社会的、政治的な暗さというものも含まれています」

「この本はコピーライトが2005年となっていますから、書かれたのはそれよりも少し前。その時期はアメリカ空軍が中東近辺で残酷な行為を行っていたことが明るみになった頃です。それから10余年、2016年の大統領選においてドナルド・トランプを選び、北朝鮮をはじめ多くの国々を敵に回しているアメリカの現状を鑑みると、いつの時代においても我々はこのような行為を行ってきたのだろうかという思いを抱かざるをえません」

「そのような政治的な側面に対する絶望に近いものが底流である反面、私は政治的な発言に対するアレルギーに近いものをもってきました。それゆえ、この本を読む上で当時のアメリカ人の多くが抱えていた政治的絶望などを知ってもらうという必要はありません。ただ、作品のルーツはそこにあるのです」

■リズムと渇望

レベッカさんの話す作品への思いを聞き、質疑応答の時間では来場者から共感の声が寄せられました。さらには、『MONKEY Vol.6 音楽の聞こえる話』で柴田さんが「この人の文章は言葉というよりほとんど呪文のようなリズムを持っている」と評したレベッカさん独自の文体への質問も。

「私にとって音はとても重要な要素です。自分の書いた文章を何度も繰り返し聞きながら推敲を重ねていきます。時にはセンテンスの音節を数えることもあります。リズムを良くすることだけに限らず、andとbutをつづけて用いて意識的に文章表現を広げてみたり、読者に意外性を感じさせるために、敢えて文体をぎこちなくしてみたりということも試みています」

「文章を書く時には、まずは書く。そして書き出されたものを読み、改めてそこに書かれたものの意味を考えます。書いているときは分かっていない。その感覚は“渇望”に似ています。何かに対する、けれども何を求めているか分からない渇望です」


イベントではトークのほか、レベッカさんと柴田さんによる日英2カ国語朗読も行われ、来場者は一同、その文体の美しいリズムと穏やかな2人の声に耳を傾けていました。

<朗読リスト>
○「巡礼」――『かつらの合っていない女』p. 23より

○「誰も」――『かつらの合っていない女』p. 27より

○「老いている」――『かつらの合っていない女』p. 33より

○「80年代前半プレイリスト」――『MONKEY Vol. 6 音楽の聞こえる話』p. 33より

○「いつかある日」――『かつらの合っていない女』p. 93より

<プロフィール>
【レベッカ・ブラウン】

1956年生まれ。シアトル在住。文芸誌「MONKEY vol. 6 音楽の聞こえる話」にエッセイ「80年代前半プレイリスト」を寄稿。画家ナンシー・キーファーとの共著『かつらの合っていない女』(柴田元幸訳)が思潮社から9月11日に刊行された。

【柴田元幸】
1954年東京生まれ。翻訳家。最近の訳書にスティーヴン・ミルハウザー『木に登る王』、ナサニエル・ウエスト『いなごの日/クール・ミリオン』など。文芸誌Monkeyの責任編集を務める。



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