誰にでも忘れられない出来事がある。それは風景とともに心に残る。
1998年、写真家・星野道夫の死をきっかけに、はじめてアラスカへ渡った著者は、星野の親友たちに会うことで、彼の旅の意味を問い直していく。星野の盟友ボブ・サムの発案で、2009年、シトカの町に星野道夫トーテムポールが建立された。最初のアラスカ行きから13年。シトカの町をモチーフにこの写真集はまとめあげられた
2011年4月1日発行
目次
1 フロートハウス ジョン・ティマーの物語
2 ケイラスB&B ピートとバーサの物語
あとがき
シトカの町外れにあるハリバット公園を散歩する時は詩集を持参する。特に谷川俊太郎の「芝生」がいい。
そして私はいつか
どこかから来て
不意にこの芝生の上に立っていた
海に向かってぽつんと立つトーテムポールの前に立つ。そっと木に触れる。木は幸せを見つめ、そして人は柔らかな記憶を未来へと紐解いていく。
ジョンがある日、こう言った。
「素敵な風景に出会うと、ミチオに見せたいと思うんだ。でも彼はここにはもういない。そう思うと一番辛い」
生涯の知己とはこういうことを言うのだ。
ケイラスB&Bの三階「FORGET ME NOT」という部屋に滞在していた時、敏記という名前の意味をバーサに聞かれた。
「毎日文を記す人」と僕は答えた。作家の大江健三郎に昔言われたことをそのまま伝えた。
「今日からあなたはシャチの家族だ」
とバーサは言い、UT Kush Xet SaaTeeというシャチの名前を僕につけた。「英語でmaster of writerという意味だわ」とバーサは微笑んだ。その難しい発音を僕はまだマスターしていない。作家になれる日まで練習は続くだろう。
いつかまた、入り江のフロートハウスで、ジョンの淹れてくれたコーヒーを飲み、本を読み、ノートを記す。日がな一日、じっくりと時間をかけてシトカに住む理由を考えたい。
この写真集を、旅するジョンとピートとバーサに、心優しいトーテムポーラーズに捧げる。
2011年3月3日
<プロフィール>
新井敏記
1954年生まれ。85年『SWITCH』を創刊、04年『Coyote』を創刊し、編集長を務める。インタビュアー、ノンフィクションライターとしても活動を続ける。近書に『SWITCH STORIES 彼らがいた場所』『鏡の荒野』ほか