「気配」を描く。画家・平松麻 展覧会開催記念インタビュー

①「目印」910 x 650 mm 油彩 (2017)


9月5日(水)~ 9月17日(祝・月)、スイッチ・パブリッシング地下1F、Rainy Day Bookstore & Caféにて画家・平松麻の展覧会を開催します。

日程 2018年9月5日(水)~9月17日(祝・月)
*10日(月)、11日(火)は休業とさせていただきます。
会場 Rainy Day Bookstore & Cafe
東京都港区西麻布2-21-28 スイッチ・パブリッシングB1F


展覧会での発表を軸に活動し、弊社刊行『MONKEY vol.11 ともだちがいない!』で作品を掲載、穂村弘・著『きっとあの人は眠っているんだよ』(河出書房新社)のカバー画を手掛けるなど、活躍中の平松麻。展覧会開催に先駆け、ご本人のこと、作品の手法やモチーフなどについてお訊きしました。



【絵肌をつくる】

─絵を描き始めたのはいつからですか?

平松 小さい頃からとにかく絵を描くのは好きでしたが、画家が職業になるとは知らなかったので、キュレーターになりたかったんです。展覧会という場が好きだったのでまずは設計事務所で設計を勉強しました。展覧会を作るための仕事はキュレーターとしか思わなかったんです。でもある時、誰かの作品をすばらしいと讃えるだけでなく、どうしても抱えるイメージを描いてみないと身体が破裂しそうになったときがあり、自分は描きたいんだと気づきました。

――自分が作品を作る側に。

平松 はい。作品として画面に絵を描き始めたのが29歳頃のこと。そんなに昔のことではないですね。

――パネルやベニヤ板などに絵の具を塗り重ね、布やすりで削って絵肌をつくっていくという独特の手法は、描き始めた当初から確立されていたとか。

平松 一作品目から手法は変わっていません。和歌山県の根来寺発祥と言われている、「根来塗り」という漆器があるのですが、それは最初に黒漆を塗って次に赤漆を塗り重ねるんです。よく使われたところやよく拭くところが、経年変化で赤が透けて黒が滲み上がるように見えてくる。その質感にすごく憧れて、絵肌を作っています。だから技術を誰かに教えてもらったわけではない。私の作品もよく見ると板の木目とか、重ねた絵の具の下の色が見えたりします。



【自分の中に確かにある「気配」】

②「埋もれた標」727 x 1000 mm 油彩 (2018)  Masaru YANAGIBA

――作品のモチーフについても教えてください。現実にあるもののような、夢の中のもののような、不思議な物体が描かれている作品も多いですよね。どこから湧いてくるイメージなのでしょうか。

平松 夢の中のものでも、湧いてくるものでもないんです。自分の体の中、お腹のあたりに土地が広がっていて、そこはいつも曇り空で、重たい雲があって、土があって、砂利があったり、たまに沼があったり、椅子とか、建物とか家具とか……。そういうものが、“ある”んです。ドラゴンクエストってやったことありますか? あれって広い土地をひたすら進んで行くと、民宿があったり、お店があったり……あんな感じです(笑)。

――麻さんの中にある世界のような場所に、確かに“ある”ものなんですね。

平松 とにかく「気配」がすごく“ある”。その「気配」は自分の感じる主観的なもので、外の世界では見えないこともなんとなくはわかっているけれど、でも確かに“ある”と思っている。それで、私が“ある”と感じている「気配」を表現するのには、絵という手法がすごく合っていると思ったんです。飛行機に乗って雲海を見ている時、あるいは旅に出てある風景に出会った時、「これ知っている」という瞬間があるんです。それはデジャヴではなくて、自分の体の中にあるものが、現実のその景色を通して「こういうことだったのか」と勢いづく。もしかしたら私が中に抱えている景色は、私の思い込みではなくて実は外も内も一緒なんじゃないかなと思うから、絵を描いて確かめているようなところがあるかもしれません。だから夢とかではなくて、すごく確かな実感をもって“ある”ものですね。あやふやな感じでも、ファンタジーでもない。“ある”という感じ。

――その「気配」を感じたり、意識し始めたのはいつ頃からですか?

平松 子どもの頃からありました。いわゆる「見える」、つまり普通は見えるはずのないものが「見える」という時期もあった。それでちょっと自分でも頭がこんがらがってしまって。何が本当かと困惑した時期がありました。だからそういうものこそ絵に入れようと。



【気持ちのいい色】

――ややもすると怖い話、麻さんの作品からは静謐さと質量のある「気配」が確かに感じられます。「気配」について言うと、麻さんの絵で印象的なグレーの色も、「気配」が表現されるのに重要な要素となっているように思うのですが、色についてはどう考えていますか。

平松 もともと「光」と「影」、「こちら」と「あちら」、「重い」と「軽い」など、コントラスのあることを一枚の絵の中に収めるのは一貫してやっていること。光と影も、こちらもあちらも、実は境界線がないんじゃないかと思うので、それのことを考えたいから積極的にコントラストを描くことに興味があります。だからこの絵(②)も、「下」と「上」とか、「切れて」「繋がって」とか、「前」と「奥」とか色々なコントラストが入っています。そういったハイコントラストを見極めるための、自分の位置がその間。だから簡単に言うと「光」と「影」、「白」と「黒」という色の間の、「グレー」が基調になっているんだと思います。その中で、白が多かったり、黒が多かったり、自分の気持ちいい色を探っていく。自分から自然に出てくる色をそのまま置いているだけ。だから、色は本当に意識していません。

――自分から自然に出てくる色、ですか。

平松 ひとつ、ピーマンの話をしますね。ピーマンを手で裂いたものと、包丁で裁断したもの。オリーブオイルと塩でざっと炒めただけのそれを食べ比べた時があって、手でちぎったピーマンの繊維は裂けたい方向にちぎれて、油と塩が入りたい方向に自然に入っていく。一方で、包丁で自然を裁断すると、油と塩の入る方向も全く違って、同じ料理なのに全然味が違うんです。チンジャオロースみたいに、一皿の料理として食感を大事にしたい時には、ピーマンを包丁で裁断します。でも私は自然の方、自然とそうなっていくようなものを描きたいと思っていて、だから色に関しても、自然に自分から出てきたものを塗る。例えば「明るい感じにしたいから」と赤を使うのは、画面を作ってしまっている。そうではなくて、仕事場の環境や光や風や絵の具や道具のちからをかりつつ、なるべく淡々と自然のまま、「存在感」や「気配」を描きたいんです。

――なるほど。今回展示する作品の一つに「黄色」の絵がありますよね。これは個人の方から色の指定があって依頼されたものだとか。

平松 そう。これは良いチャンスだと思って、今回あえて挑戦してみたんです。黄色って本当に面白い色で、動くんですよ。

――動く?

平松 一枚の同じ絵なのに、こうやって誰かと話をした後で目線を絵に移し、パッとその黄色を見ると印象が違う。白を見た後、黒を見た後、雨の日でも、それぞれ見え方が違う。黄色いプールって感じで黄色の中をざぶざぶ泳ぐ感覚です。描き終わって、黄色は「悪」が本当にない色だと感じました。風水でもよく言いますよね。微塵も「悪」がない。ある作家さんに黄色の不思議について聞いたら、光の色だから、黄色は色から抜けたい色なんじゃないの? と言っていました。みなさんの「黄色」についての意見も聞いてみたいです。

――今回の展覧会では特別に、個人の所蔵作品をお借りしてこの黄色の絵もRainy Dayで展示されます。この絵をはじめ、「気配」を感じる作品群をどうぞご覧下さい。


<プロフィール>
平松麻(ひらまつあさ)

1982年生まれ。画家。展覧会での発表を軸に、挿画も手掛ける。パネルや木片やベニヤ板に油絵の具やグアッシュで描画し、やすりをかけながら絵肌をつくっている。

<展示会スケジュール>
日時:9/5(水)~9/17(祝・月)
11:00~19:00
*作家在廊は9/5(水)、9/8(土)、9/12(水)、9/15(土)を予定しています。
場所:Rainy Day Bookstore & Café (東京都港区西麻布2-21-28


<平松麻作品掲載誌>
MOKKEY vol.11 特集 ともだちがいない!
Coyote No.65 MOUNTAIN STORIES 一瞬の山 永遠の山